不安と信頼と強がり

  • 2018.12.03 Monday
  • 17:03

オチもなにもない投稿ですが
先日、人生で2度めの手術をしました。1度目は小学生の頃の盲腸ですが
今回は脳腫瘍の摘出でした。

2018年9月20日に頭痛が止まないので近所のクリニックで診察してもらい、すぐに紹介状を書いてもらいました。
もともと頭痛持ちだったけど、フラフラするし、おかしいなと。
先生に最初は「首のコリじゃ?」と言われていたが、念のためにMRI検査してもらったら
左後頭部の脳にピンポン玉みたいなのが写っていた。

予定してた「何もなかったから安心しました」というセリフは飲み込んだけど

出てくる言葉がなかった。「へー」と平静を装うだけで精一杯。
先生が”たぶん良性だろう”と言ってくれたので少しは落ち着けました。

翌週に紹介状を出してもらってそれからすぐ10/3に大学病院で初診。

10/12から10日ぐらい検査入院。この頃は症状も軽く入院生活を楽しむ余裕もありました。
はじめての検査入院。検査を受けるだけでもこんなにキツイもんかと初めて知りました。

すぐに終わるものもあれば長いものもあった。
その中でもとにかく苦手なのがMRIで、竹輪の中に詰められたキュウリの気分だ。

頭部のMRIだから頭は動かせないのは当然だけど、仰向けの顔にすっぽりケースをかぶせられて目の前数センチは壁。

窒息しそうだ。もちろんしないけど。

閉所恐怖症はできないやつだけど、恐怖症をもたない自分も心臓が破けそうだった。

1時間半ぐらい入っていたことがあったけど本当にキツイ。

もう勘弁してほしい。
脳血管造影検査、CT、PET、眼科、大腸検査などいろんな検査を受けたけど、
脳血管造影後なんかは6時間安静ということオマケまでついていた。

それで初めて尿カテで寝たきりを経験した。

大腸検査の不思議な光景も経験した。

その日検査を受ける人が二十人くらいだろうか。同じ部屋で壁際に置かれたソファーにぐるりと腰掛けている。

部屋には専用のトイレが備えられている。

一人あたり2リットルの下剤?スポーツドリンクみたいな水を割り当てられる。

15分おきに250mlぐらいかな?コップ一杯を飲まないといけない。

テレビや雑誌を見て時間を潰すけど、飲みそびれることはない。

だいたいみんなのタイミングが同じなので時間を測ることなく誰かが飲み始めるので、それに合わせて飲めば良い。

そして徐々にトイレに行く回数が増えてくる。5回行けば大丈夫みたい。

最終的にはナースコールで看護師さんに確認してもらう。

でも、なかなか飲めない人や催さない人がいるのもあからさまに分かる。

大変だなーと思いつつも早々に検査を受け問題なしと告げられた。

他にも検査の準備で鼠径部の剃毛とか検査そのものまで初めての経験ばかりで新鮮だった。

何か引っかかることがないか不安だったけど、幸いにも何事もなかった。

検査前、手術前にいろんな説明を受けて造影剤使用やらの誓約書にサインするんだけど

かえって不安になってしまった。そりゃ事故が起きる可能性がゼロではないんだろうけど…

細かく読む勇気がなくて、奥さんに読んでおいてもらって、自分は読まずにサインしました。

サインを拒否したら治らないのに、不安ばかり感じてサインできなくなったらしょうがないし。

 

検査が終わると一度退院したのだが症状はひどくなるばかり。
後日、手術の予定が12月だと電話があったが、その頃は既にほとんどご飯も食べられなく、

動けなかったのでなんとか早めてもらった。
壁つたい、手すりがないとまともに歩けない状態だった。

地下鉄で座りたくても座れないし、優先席に座っていたけど視線が痛い。

そりゃ子どもを抱っこしたお父さんが目の前にいたら譲るべきだろうけど…

結局、フラフラで席譲りましたが、その時の視線は刺さりました。。。

見た目では、小脳に腫瘍があってフラフラ状態だと誰もわからないからしょうがないけどね。

嫌だったけど杖を買った。

ダイソーに売ってることを知って買ったけど、短くて合わなかった。

11/12に再入院14日に緊急手術してもらえることに。

再入院のときは歩けず車椅子だった。


大学病院ってこんなに時間がかかるものなのかと初めて知ったし、
あんまり考え込まないようにしていたけど時間の経過と共に不安は増すばかり。
脳なんて場所が場所なだけに手術しても復活するのかとかね。

でも、いくら考えても自分ではどうすることも出来ないから先生方を信頼するしかなかった。
近い未来にいつもの生活に戻っていることを想像しながら。


2018年11月19日月曜日記録

手術後のことが夢のようだ

12日から緊急入院その後検査して手術。

14日水曜日11時から始まって翌日の朝4時半くらいまで

自分が目が覚めたのは5時半ころかな17時間ぐらいの大きな手術になると思ってなかったけどうまくいってよかった。

自分は一瞬の出来事だけど待ってた奥さん達は本当にきつかったと思う。


術後すぐにMRI検査してICUに入れられたが体が動かない。


怖くて動かせない。 特に首。

後頭部を手術したのに仰向けに寝ているが大丈夫なのかと思う。

左右に首が動かない。

自分がどいう状態かもわからない。口や頭やあごいろんなところが痛い。

痛いんだろうなという感覚に近い。痛いからどうこうするほどでもない。

後から知ったがこの時オムツだったみたい。

ICUは個室だった。

何かの機器がピコピコ音を出しているが何の機器かも、部屋の様子もわからない。

天井を見つめるしかできない…

午後からすぐに奥さんが来てくれた。 首が動かないから時計も見れない。

ICUで奥さんに会えたのが一番嬉しかった。

娘のお迎えの時間だったけど、わがままを言って義母に頼んで時間ギリギリまでいてもらった。

普段なら娘の事をを優先するけど、その日だけは強がれなかった。

奥さんが帰った後は一人何もせずに時間がすぎるのを待つだけなのが辛かった。

時間がわからない中に一人一晩過ごすのはとても苦痛だった。

術後はとにかく口の中やあご、のどの痛みが実感に変わってきた。

口の人工呼吸器を外して鼻酸素に変わったけど、あちこちケガしていた。何があったのか?

ここまできたら時間に身をまかせるだけで天井を見ているか眠るだけなのだが、

機械音と機械からの光で薄明るい部屋でなかなか寝付けず何度も何度も看護師さんに時間を尋ねた。

もうだいぶ経ったかなと思っても「まだ10分しか経ってませんよ(^^)」という看護師さんの

明るい口調に気持ちも救われる。

人生で最も長く感じた夜だったが翌日金曜日の朝には病棟に戻れた。

と、言っても術後の患者8人を一括管理する大部屋に入り、そこで3日ほど過ごして通常の病室に戻る。

そこで頭のドレーン?管を抜いた。その場で縫ってもらった。

縫うの痛いし。。

8人の老若男女の患者が、それぞれ症状を抱え戦っているのが会話の端々で分かった。
時間をやりすごせるための電子機器(スマホやタブレット)が使える分ICUよりはマシだった。が 今度は周りの会話がうるさい。

 

立つには立てたが歩くのに点滴台がないと歩けない。

トイレも一苦労。手すりの大切さを実感する。

口が開かずお粥メシは少しずつしか食えない。

でも、歩くしかないし、食うしかない。それができるからここにいるのだ。

歯磨きするために立っているのもしんどいし、洗面台にかがむことも難しい。

洗面台が低めで椅子がおいてある意味が分かった。

歯磨きの時に鏡をみてびっくり。顔がめっちゃ腫れてるし。誰だこれって言う感じ。ほっぺや喉が腫れ上がっている。

後頭部の傷はまだ見れない。触れない。勇気がない。

昨日お風呂で看護師さんに洗ってっもらったけど、 血や汁がマクラのあちこちついてるし 髪も傷周りはほぼ刈り上げ。

まわりも切ろうかな。。。

思っている以上に1日1日回復しており、すぐに何も持たずに歩けるようになった。

大部屋は隣がおばあちゃん、反対側の人はすぐにいなくなって その先に6歳〜7歳か1年生ぐらいの女の子がいた。

両親が一緒に寝泊まりしているらしかったが、聞こえてくる話し声、 会話の内容、作業着姿のまま駆けつけたお父さんの押し殺す泣き声。
励ますお母さんの優しい声。

思い出すたびに自分の娘と重ねてしまって涙がとまらない。

彼女は元気になったかな。

 

おばあちゃんの意味不明の言動、夜中にキレるおっさん。

おっさんの暴言はひどかった。痛いだ医者を呼べだ何様だと看護師に対しての態度が悪かった。

女の子も同じ部屋で頑張っているのに騒ぐのは本当に許せなかったが

自分が文句を言ったところでしょうがないこともわかっていたし、それも病状かもしれないし。

昼間は優しい男性が夜に態度が変わるのはやはり不安なんだろうと思った。

でもすごいのはその人達を受け止める、看護師さんがたのメンタルの強さ

オペしてくださった先生もそうだが命を預かる事の姿勢や心構えがその辺の人と全然違う。

そりゃ看護師が泣いたり怒ったりしたら誰が面倒見るんだってなるもんね。

患者にベストな処置をするため、患者から痛いから薬飲ませろと言われても、

飲んだばかりだったら何を言われてもあげられない。

脳神経外科という診療科目の特殊性もあるかもしれないけど本当に皆さん優しくて強い。

日常は知らないけど命を預かる仕事の本気の覚悟はこういうことかと覚悟が違うことを感じた。

年上のオッサンのオレは頭が下がりました。

どこか自分も甘えているなと感じる。

 

一般病棟に戻って2日目は予定がなかったので敷地内の理容店にさっぱりしに行った。

お昼前に点滴を終えて、結構離れたところだったけど歩いて一人。

途中見える外の景色が妙に感慨深い。寒いし。

坊主の予定だったけど床屋のオバちゃんがこんな感じどう?といつもみたいなのを勧めてくれたのでそれでおまかせ。

忘れてたけど床屋って顔や髭剃りしてくれるのね。

ひげも伸び放題だったのがさっぱり!2300円。

 

同室の方と少し言葉を交わした。

手術前に”頑張ってください”と声を掛けてもらったことが嬉しかったので お礼を伝えるタイミングを狙っていた。

1年生ぐらいの娘さんがいるらしいが多分俺より若いかなぁ。

転院してリハビリを続けるらしいので俺からも頑張って下さいと本気で応援した。

病状は知らないが、ICUや大部屋を3回経験し、それが辛かったらしい。

3回はさすがにキツイだろう。

 

14時半ぐらいだったかな病院の近所に住む、仕事でお世話になっているお客さんが突然現れた。

まだ顔が腫れているから最初は顔を見ても気付かなかったみたい。髪もいつもと違うしね。

なぜか青汁をお見舞いで頂いた。 来なくても良いと伝えていたのだが…気持ちが嬉しい。

 

3日目にはCT検査。 奥さんが来るまでには終わったのでよかった。

検査だとどうしても身構えてしまう。これはトラウマ的なものだろうか。。

風呂にも入ったが、どうしても怖くて後頭部だけ看護師さんに洗ってもらった。

夜に睡眠薬を出してもらって、久しぶりに朝まで眠ることができた。

と言っても9時に寝たので4時半に目が覚めた。

 

4日目 昨日の薬のせいか昼飯食ったら急に眠くなって一休み。

先生が晩飯の後抜糸してくださった。病理の結果、血管芽種で確定したとのこと。

原因は特になく事故的なもの。良性だったがかなり5センチほどに大きくなっており手術時間がかかった。

お酒とか食べ物の制限はなく次第に運動もできるようになるのでウォーキングなんかはオススメされた。

お酒飲んでも大丈夫というのはよかった。タバコも辞めた今、楽しみはお酒ぐらいかも。

月曜日退院だ 明日から三連休やり過ごしたら娘に会える。つっても2週間そこらの話だけど。

 

そして退院できた。

まだ車の運転は許可できないということで本格的な仕事復帰は12月中旬ぐらいからだろうけど

奥さんと一緒に病院からの帰りにbillsに寄ってお昼を食べて帰った。

退院したら初のリコッタチーズのパンケーキを食べようと決めていたので格別に美味しかった。

久しぶりに娘に会えたのは嬉しかった。娘も喜んでくれたし。

その晩は久しぶりに熟睡できた。

 

いろんな人に迷惑をかけましたが無事に復帰できたことでまた、一層いろんな人達の役に立ちたいと思っています。

今回の経験で少しでも自分の中のなにかが深みを増していたらいいなと思います。

そういうのも授業で話してみたいです。

 

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