他人のベストは自分のベストではない

  • 2019.08.07 Wednesday
  • 16:13

この間も飲んでまして。
20年近くお付き合いをしている戦友のような取引先の方がいまして、
同じ年で会社は違えど共闘することが多くて、どうやったらお客さんの悩みを解決できるだろうと
打ち合わせを行いその流れでよく飲みます。飲み友達です。
よくお話をするのですが
お客さんからの課題をどうしたら本質的に改善できるのか。
そもそもITの力がいるのかなとか…ときにお客さんが何で困っているのか気付いていないとき我々が導く場合もあります。

会社員時代から今まで変わらずほぼ一人で仕事をしていたようなもんだったので
誰かと協力したり・悩んで知恵を絞り合ったりしながら仕事をするというのはものすごく楽しいです。
会社でIT専門でやっていると重宝がられるのですが相談相手や協力者が少ないのが欠点だったんですよね。
大企業だとシステム部門というところに数名の仲間がいたりするんでしょうけど、自分の場合は同じ部門の人もぜんぜん違うことをやっていて
それぞれが個人プレーをやっている中で自分の役割はとっても広く、社内より取引先の方に相談することが多かったのです。

だからいずれは自分の仲間を増やしてもっと大勢の人の力になれる仕事をするつもりです。

ワンピースのルフィを見ていると頼れる仲間っていいなーとよく思います(笑)
自分も一人では大したこともできないので助けてくれる仲間がいる。だから自分にできることをする。仲間を守る。

いいですね。もちろん私も助けます。

個人のお客様、法人のお客様、個人商店のお客様
今はいろんなお客様に恵まれいろんな経験をさせて頂いております。

定期的に通う法人のお客様でお仕事をさせて頂いた場合には報告書を提出するのですが
それを読んでいる上役の方から”いつも厳しいね”と先日声をかけられました。
指摘をもらったことすらなかったのですが思いがけない言葉に驚きました。
おそらくおっしゃった本人はなんの気もなくおっしゃったのだと思いますが
自分では厳しくない=甘いと思っているので、厳しい=本当の意味で優しくできているのかなと思って少し”良かった”と思いました。
(昔は怒れないマネージャーとしてレッテルを貼られていたので…)
私はお世話する企業やお店のファンになります。だから心底良くなってほしいと思いますし。
たぶん従業員以上にその会社・お店のファンだと思います。
だから困っていらっしゃるお客様と同じくらい真剣に取り組んでいる自信はあります。

真剣に取り組みますが、それがすべて成果に繋がるかと言われますと、そうでもなく。
お客様にも一緒に頑張って頂かないと成果は上がらないので、お客様にもベストを尽くしてもらいます。
とっくにベストは尽くしているよーとおっしゃるお客様は私から見るとまだまだ力を出し惜しみされている方が多いです。

私もいつもベストパフォーマンスかと言われるとそうでもない気がします。
教壇に立たれる先生方、お医者さん、ディズニーランドのキャスト、アイドル、アーティスト、アスリートなんかいつもベストパフォーマンスを望まれるんでしょうけど
それを維持するのってものすごく大変だろうなと思います。
プロ意識の欠如と言われるかもしれませんが、どうしても話に花が咲いた飲みの翌日はパフォーマンスが落ちているのは否めません^^;
あくまで私から見た私の評価なんで。
二日酔いなんかしそうにない私のイメージを抱いている方からすると
実は意外にひょっとしたら普段からどんな日もベストパフォーマンスを振る舞っているかもしれません。
そうなんです。自分が自分に行う評価ってあてにならないですもんね。
しないほうがマシです。最近よく思います。
今日はよくできたとか、ダメだったとか、反省の時間とかいらない。
誰か特定の人に褒められても、文句言われてもそれも(※個人の感想です)って感じだし。
次もやれることをやるだけなんですよね。
自分がした評価なんて自己満足だったり不安を煽ったりするものでしかないですよね。最近そう思ったんです。
イライラしたりクヨクヨしたり不安で頭から離れないことがあったら、汗をかくか、仲間と騒ぐのが私にとってはベストです。

先日、お客さんが自分で編集したCDを頂きました。
ベストだから。絶対良いよ!と言って渡されたCDはその方にとってはベストで

私から見たら良曲が詰め込まれたCDには変わりないのですが

申し訳ないのですが、ベストという表現までははいかなかったのです。
そこに初めて聞く曲があって、発見や感動はあってもそれがベストかと言われるとそうでもないのです。

仕事でも何でもベストを求められても、求めても、言い張ってもそれは違うかなということです。


私のベストは私が決めて自分の中でそっとしておきたいかなーと。
最近はCDやカセットではなく、プレイリストと名を変えましたがベスト(お気に入り)はよく作ります。
でもそれは自分だけのベストで誰も理解してもらえないけどそれでいいし

時間が経つとベストじゃなくなるから。
最新の自分が最高の自分でありたいと思うけど最高かどうかは別の話ということです。
いちいち満足しないで

飲みに行ったり、汗を流したり、適度に二日酔いでないふりをしながら厳しく仕事したいと思います。

 

変化

  • 2019.07.04 Thursday
  • 17:07

退院後の経過も良く、頭皮の麻痺も徐々に薄れ、不安やストレスも和らいできたら
食欲が進み、一時は健康的になりかけた体も変化し、また太ってしまいました。
太り気味とかふとっちょとかではなく完全な肥満です。
太り気味の人には元気な他人デブの明るい話は余計な安心感を与ますがあえて言います。
一時期はジムにも通い締まりかけてきていた体がリバウンドを通り越しデブまっしぐらです。
タバコを辞めたからか本能が冴え渡り生命を維持しようとするのか白米と小麦粉とビールが美味しい。
このままでは生命を維持するどころか削ってしまう。
生命を削っても美味しいものが食べられたらいいや…と、風呂上がりのビールに悶えますが
いつもそれじゃ人としてもダメな気がして。急いでランニングを始めました。

距離や速さより続けることに集中しました。仕事や家事、一切の残業そっちのけです。
最初の一週間を無理やり毎日走ってみました。
やれば意外とできるもんだなと思いましたがやっぱり足が痛い。
膝が痛い。体重を支える膝が悲鳴を上げているっぽい。
サロンパスを両足10枚ほど貼り、3日休んで、それからは2〜3日に1回走るようにしました。
おかげで少しだけおなかが引っ込んできました。

室見川沿いを昼夜気分で走っていますが毎日変わる景色は飽きないし気持ちがいいです。
タバコを辞め9カ月以上が経ちました。
他所様の歩きタバコの煙に嫌悪感を抱きつつ
河畔の空気が清々しく感じる中ボリューム高めにリズムに乗って走ることができるようになってきました。

走っていると釣り人や日陰でリラックスしてビールで楽しんでいるおじいさん方がいます。
心の中で”いいですね〜^^”と羨ましがって通り過ぎます。

 

私の最近の楽しみは映画です。
あまり同年代でも話して共感は得られないので話すことは少ないのですが。
MCUってみなさんご存知でしょうか。
マーベル・シネマティック・ユニバースですね。


アメリカのマーベルコミックのキャラクターが活躍する一連の映画がシリーズ化されたもので
一つの世界観の中でヒーローたちが2008年のアイアンマンから始まり、一つの区切りとして4/26から
公開された「アベンジャーズ エンドゲーム」、その後の「スパイダーマン ファーフロムホーム」を集大成として区切りがつくのですが、
私はそれらの大ファンでして、いい年してといくら言われようが
幼い頃からヒーローが好きなのです。
悩みながら孤独に戦うヒーローが苦難を乗り越える話。
それらのヒーローが最難関の敵に団結して立ち向かうわけですから感動の涙が止まらないわけです。

私の好きなアイアンマンのBGMです。


つい先日、久しぶりに東京へ出張してきました。
その際に、数年ぶりに以前お世話になった上司に会ってきました。
大好きなボスなんですけど、お互いしばらく音信不通でした。
東京に行くのでふっと思い出し、電話をかけてみるとあっけなく連絡がとれました。
数年間音信不通でもその気になれば会いたい人には会えるもんだなと思います。
東京に着いて待ち合わせてお会いすると全然変わらない雰囲気。
本人は自分で自分は丸くなった(人格が)と言ってましたが、それは周りが感じることだと思います(笑)
以前一緒に仕事していた仲間と今や社長として頑張っていらっしゃる
取引先の方が一緒に会いに来てもらったのがとても嬉しかったです。
ここ数年以上一人で仕事していたもんだから、
しばらく感じていなかった、会社時代のワイワイいいながら飲む感じがとても懐かしくて居心地よかったです。

 

仕事では”変化”しなさいとよく口にしていますが、
変わらない良さや変えられない何かを持った人たちがいることも何となく知っています。
人間関係や品質や情熱や経験とか環境とか年齢とか体型とかとか…
これまで不足しているダメさ加減は変えないと改善しませんが、
充足しているものも沢山ありますよね。
そこに着目しないで不足ばかり指摘していたら
気取った感じのないものねだりの勘違い野郎になっちゃうかもと最近思うわけです。
いいところをいくつも持った企業様の改善で偉そうに話した後に、
もし、自分がこう言われたら変われないなぁと思うのです。
「いい年こいてヒーロー映画とか見てんじゃねー」
「一人で仕事すると決めといて寂しがるんじゃねー」
でもジョギングは始められた(^^)

 

言っている手前、自分も何かしら変化しなければと常に思います。

 

変えないといけないと思ったら行動するしかないし、
変えなくてもいいものは大事にしていても良いと思うんです。
ただ行動できない理由を他人や過去や食欲のせいにして過ごすのは良くない。
今の自分を大切にして

将来も家族を大事にしなければ。

イメージです↑

不安と信頼と強がり

  • 2018.12.03 Monday
  • 17:03

オチもなにもない投稿ですが
先日、人生で2度めの手術をしました。1度目は小学生の頃の盲腸ですが
今回は脳腫瘍の摘出でした。

2018年9月20日に頭痛が止まないので近所のクリニックで診察してもらい、すぐに紹介状を書いてもらいました。
もともと頭痛持ちだったけど、フラフラするし、おかしいなと。
先生に最初は「首のコリじゃ?」と言われていたが、念のためにMRI検査してもらったら
左後頭部の脳にピンポン玉みたいなのが写っていた。

予定してた「何もなかったから安心しました」というセリフは飲み込んだけど

出てくる言葉がなかった。「へー」と平静を装うだけで精一杯。
先生が”たぶん良性だろう”と言ってくれたので少しは落ち着けました。

翌週に紹介状を出してもらってそれからすぐ10/3に大学病院で初診。

10/12から10日ぐらい検査入院。この頃は症状も軽く入院生活を楽しむ余裕もありました。
はじめての検査入院。検査を受けるだけでもこんなにキツイもんかと初めて知りました。

すぐに終わるものもあれば長いものもあった。
その中でもとにかく苦手なのがMRIで、竹輪の中に詰められたキュウリの気分だ。

頭部のMRIだから頭は動かせないのは当然だけど、仰向けの顔にすっぽりケースをかぶせられて目の前数センチは壁。

窒息しそうだ。もちろんしないけど。

閉所恐怖症はできないやつだけど、恐怖症をもたない自分も心臓が破けそうだった。

1時間半ぐらい入っていたことがあったけど本当にキツイ。

もう勘弁してほしい。
脳血管造影検査、CT、PET、眼科、大腸検査などいろんな検査を受けたけど、
脳血管造影後なんかは6時間安静ということオマケまでついていた。

それで初めて尿カテで寝たきりを経験した。

大腸検査の不思議な光景も経験した。

その日検査を受ける人が二十人くらいだろうか。同じ部屋で壁際に置かれたソファーにぐるりと腰掛けている。

部屋には専用のトイレが備えられている。

一人あたり2リットルの下剤?スポーツドリンクみたいな水を割り当てられる。

15分おきに250mlぐらいかな?コップ一杯を飲まないといけない。

テレビや雑誌を見て時間を潰すけど、飲みそびれることはない。

だいたいみんなのタイミングが同じなので時間を測ることなく誰かが飲み始めるので、それに合わせて飲めば良い。

そして徐々にトイレに行く回数が増えてくる。5回行けば大丈夫みたい。

最終的にはナースコールで看護師さんに確認してもらう。

でも、なかなか飲めない人や催さない人がいるのもあからさまに分かる。

大変だなーと思いつつも早々に検査を受け問題なしと告げられた。

他にも検査の準備で鼠径部の剃毛とか検査そのものまで初めての経験ばかりで新鮮だった。

何か引っかかることがないか不安だったけど、幸いにも何事もなかった。

検査前、手術前にいろんな説明を受けて造影剤使用やらの誓約書にサインするんだけど

かえって不安になってしまった。そりゃ事故が起きる可能性がゼロではないんだろうけど…

細かく読む勇気がなくて、奥さんに読んでおいてもらって、自分は読まずにサインしました。

サインを拒否したら治らないのに、不安ばかり感じてサインできなくなったらしょうがないし。

 

検査が終わると一度退院したのだが症状はひどくなるばかり。
後日、手術の予定が12月だと電話があったが、その頃は既にほとんどご飯も食べられなく、

動けなかったのでなんとか早めてもらった。
壁つたい、手すりがないとまともに歩けない状態だった。

地下鉄で座りたくても座れないし、優先席に座っていたけど視線が痛い。

そりゃ子どもを抱っこしたお父さんが目の前にいたら譲るべきだろうけど…

結局、フラフラで席譲りましたが、その時の視線は刺さりました。。。

見た目では、小脳に腫瘍があってフラフラ状態だと誰もわからないからしょうがないけどね。

嫌だったけど杖を買った。

ダイソーに売ってることを知って買ったけど、短くて合わなかった。

11/12に再入院14日に緊急手術してもらえることに。

再入院のときは歩けず車椅子だった。


大学病院ってこんなに時間がかかるものなのかと初めて知ったし、
あんまり考え込まないようにしていたけど時間の経過と共に不安は増すばかり。
脳なんて場所が場所なだけに手術しても復活するのかとかね。

でも、いくら考えても自分ではどうすることも出来ないから先生方を信頼するしかなかった。
近い未来にいつもの生活に戻っていることを想像しながら。


2018年11月19日月曜日記録

手術後のことが夢のようだ

12日から緊急入院その後検査して手術。

14日水曜日11時から始まって翌日の朝4時半くらいまで

自分が目が覚めたのは5時半ころかな17時間ぐらいの大きな手術になると思ってなかったけどうまくいってよかった。

自分は一瞬の出来事だけど待ってた奥さん達は本当にきつかったと思う。


術後すぐにMRI検査してICUに入れられたが体が動かない。


怖くて動かせない。 特に首。

後頭部を手術したのに仰向けに寝ているが大丈夫なのかと思う。

左右に首が動かない。

自分がどいう状態かもわからない。口や頭やあごいろんなところが痛い。

痛いんだろうなという感覚に近い。痛いからどうこうするほどでもない。

後から知ったがこの時オムツだったみたい。

ICUは個室だった。

何かの機器がピコピコ音を出しているが何の機器かも、部屋の様子もわからない。

天井を見つめるしかできない…

午後からすぐに奥さんが来てくれた。 首が動かないから時計も見れない。

ICUで奥さんに会えたのが一番嬉しかった。

娘のお迎えの時間だったけど、わがままを言って義母に頼んで時間ギリギリまでいてもらった。

普段なら娘の事をを優先するけど、その日だけは強がれなかった。

奥さんが帰った後は一人何もせずに時間がすぎるのを待つだけなのが辛かった。

時間がわからない中に一人一晩過ごすのはとても苦痛だった。

術後はとにかく口の中やあご、のどの痛みが実感に変わってきた。

口の人工呼吸器を外して鼻酸素に変わったけど、あちこちケガしていた。何があったのか?

ここまできたら時間に身をまかせるだけで天井を見ているか眠るだけなのだが、

機械音と機械からの光で薄明るい部屋でなかなか寝付けず何度も何度も看護師さんに時間を尋ねた。

もうだいぶ経ったかなと思っても「まだ10分しか経ってませんよ(^^)」という看護師さんの

明るい口調に気持ちも救われる。

人生で最も長く感じた夜だったが翌日金曜日の朝には病棟に戻れた。

と、言っても術後の患者8人を一括管理する大部屋に入り、そこで3日ほど過ごして通常の病室に戻る。

そこで頭のドレーン?管を抜いた。その場で縫ってもらった。

縫うの痛いし。。

8人の老若男女の患者が、それぞれ症状を抱え戦っているのが会話の端々で分かった。
時間をやりすごせるための電子機器(スマホやタブレット)が使える分ICUよりはマシだった。が 今度は周りの会話がうるさい。

 

立つには立てたが歩くのに点滴台がないと歩けない。

トイレも一苦労。手すりの大切さを実感する。

口が開かずお粥メシは少しずつしか食えない。

でも、歩くしかないし、食うしかない。それができるからここにいるのだ。

歯磨きするために立っているのもしんどいし、洗面台にかがむことも難しい。

洗面台が低めで椅子がおいてある意味が分かった。

歯磨きの時に鏡をみてびっくり。顔がめっちゃ腫れてるし。誰だこれって言う感じ。ほっぺや喉が腫れ上がっている。

後頭部の傷はまだ見れない。触れない。勇気がない。

昨日お風呂で看護師さんに洗ってっもらったけど、 血や汁がマクラのあちこちついてるし 髪も傷周りはほぼ刈り上げ。

まわりも切ろうかな。。。

思っている以上に1日1日回復しており、すぐに何も持たずに歩けるようになった。

大部屋は隣がおばあちゃん、反対側の人はすぐにいなくなって その先に6歳〜7歳か1年生ぐらいの女の子がいた。

両親が一緒に寝泊まりしているらしかったが、聞こえてくる話し声、 会話の内容、作業着姿のまま駆けつけたお父さんの押し殺す泣き声。
励ますお母さんの優しい声。

思い出すたびに自分の娘と重ねてしまって涙がとまらない。

彼女は元気になったかな。

 

おばあちゃんの意味不明の言動、夜中にキレるおっさん。

おっさんの暴言はひどかった。痛いだ医者を呼べだ何様だと看護師に対しての態度が悪かった。

女の子も同じ部屋で頑張っているのに騒ぐのは本当に許せなかったが

自分が文句を言ったところでしょうがないこともわかっていたし、それも病状かもしれないし。

昼間は優しい男性が夜に態度が変わるのはやはり不安なんだろうと思った。

でもすごいのはその人達を受け止める、看護師さんがたのメンタルの強さ

オペしてくださった先生もそうだが命を預かる事の姿勢や心構えがその辺の人と全然違う。

そりゃ看護師が泣いたり怒ったりしたら誰が面倒見るんだってなるもんね。

患者にベストな処置をするため、患者から痛いから薬飲ませろと言われても、

飲んだばかりだったら何を言われてもあげられない。

脳神経外科という診療科目の特殊性もあるかもしれないけど本当に皆さん優しくて強い。

日常は知らないけど命を預かる仕事の本気の覚悟はこういうことかと覚悟が違うことを感じた。

年上のオッサンのオレは頭が下がりました。

どこか自分も甘えているなと感じる。

 

一般病棟に戻って2日目は予定がなかったので敷地内の理容店にさっぱりしに行った。

お昼前に点滴を終えて、結構離れたところだったけど歩いて一人。

途中見える外の景色が妙に感慨深い。寒いし。

坊主の予定だったけど床屋のオバちゃんがこんな感じどう?といつもみたいなのを勧めてくれたのでそれでおまかせ。

忘れてたけど床屋って顔や髭剃りしてくれるのね。

ひげも伸び放題だったのがさっぱり!2300円。

 

同室の方と少し言葉を交わした。

手術前に”頑張ってください”と声を掛けてもらったことが嬉しかったので お礼を伝えるタイミングを狙っていた。

1年生ぐらいの娘さんがいるらしいが多分俺より若いかなぁ。

転院してリハビリを続けるらしいので俺からも頑張って下さいと本気で応援した。

病状は知らないが、ICUや大部屋を3回経験し、それが辛かったらしい。

3回はさすがにキツイだろう。

 

14時半ぐらいだったかな病院の近所に住む、仕事でお世話になっているお客さんが突然現れた。

まだ顔が腫れているから最初は顔を見ても気付かなかったみたい。髪もいつもと違うしね。

なぜか青汁をお見舞いで頂いた。 来なくても良いと伝えていたのだが…気持ちが嬉しい。

 

3日目にはCT検査。 奥さんが来るまでには終わったのでよかった。

検査だとどうしても身構えてしまう。これはトラウマ的なものだろうか。。

風呂にも入ったが、どうしても怖くて後頭部だけ看護師さんに洗ってもらった。

夜に睡眠薬を出してもらって、久しぶりに朝まで眠ることができた。

と言っても9時に寝たので4時半に目が覚めた。

 

4日目 昨日の薬のせいか昼飯食ったら急に眠くなって一休み。

先生が晩飯の後抜糸してくださった。病理の結果、血管芽種で確定したとのこと。

原因は特になく事故的なもの。良性だったがかなり5センチほどに大きくなっており手術時間がかかった。

お酒とか食べ物の制限はなく次第に運動もできるようになるのでウォーキングなんかはオススメされた。

お酒飲んでも大丈夫というのはよかった。タバコも辞めた今、楽しみはお酒ぐらいかも。

月曜日退院だ 明日から三連休やり過ごしたら娘に会える。つっても2週間そこらの話だけど。

 

そして退院できた。

まだ車の運転は許可できないということで本格的な仕事復帰は12月中旬ぐらいからだろうけど

奥さんと一緒に病院からの帰りにbillsに寄ってお昼を食べて帰った。

退院したら初のリコッタチーズのパンケーキを食べようと決めていたので格別に美味しかった。

久しぶりに娘に会えたのは嬉しかった。娘も喜んでくれたし。

その晩は久しぶりに熟睡できた。

 

いろんな人に迷惑をかけましたが無事に復帰できたことでまた、一層いろんな人達の役に立ちたいと思っています。

今回の経験で少しでも自分の中のなにかが深みを増していたらいいなと思います。

そういうのも授業で話してみたいです。

 

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